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Logo of Worlds End(ワールズエンドロゴの由来)

Logo of Worlds End(ワールズエンドロゴの由来)
Logo of Worlds End(ワールズエンドロゴの由来)

1980年、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスの死と共にパンクも終わり、ヴィヴィアンと当時のパートナー、マルコム・マクラーレンは、パンクの次となるものを探していました。その過程で見つけた2冊の素晴らしい本を、マルコムはヴィヴィアンの息子のベンとジョーに買ってきました。一つはダグラス・ボッティング著書の「ザ・パイレーツ」、そしてもう一つはベンジャミン・キャップス著書の「ザ・グレート・チーフ」でした。

「ザ・パイレーツ」は17世紀から19世紀に世界中で悪名を轟かせた海賊について書かれており、「ザ・グレート・チーフ」は、様々な北アメリカの先住民であるインディアンの族長について、また彼らの文化、そしてアメリカが接触してきた後に、チーフたちはどのように彼らの生活を保護したかについて書かれていました。

ワールズエンドのロゴに影響を与えたのは、「ザ・パイレーツ」の方でした。その本は1695年に亡くなった有名な海賊、トマス・テューについての話でした。テューは政府に認められた泥棒、いわゆる私掠船の船長で、彼が初めて受けた依頼は、バミューダの大佐から、西アフリカ海岸沿いのフランスの工場を破壊することでした。しかし彼は自身の考えを変え、海賊行為、または個々に動機付けされた泥棒に変わることに決めました。私掠船は法で認められていて、海賊行為は違法でした。このことを船員に告げ、彼らのサポートも得て西アフリカの代わりに航海に向けて出帆し、希望峰やマダガスカルを通りました。この旅でテューと45人の乗組員はインド洋のダウ船に捉えられてしまいますが、1964年、テューは二度目の出帆を果たします。しかしその航海もうまくはいかず、1965年に大砲で撃ち殺されてしまいました。トマス・テューは海賊でしたが、自らを海賊とは呼ばず、封建社会のない新しい世界を作ることを夢見た大変な人格者でした。当時の海賊は、それぞれ自分たちの旗を作っており、黒地をバックグランドに、白地で短剣を手にした腕の旗がトマス・テューの旗でした。そしてそれをマルコムがワールズエンドのロゴにしようと決めたのでした。

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