私の人生は偶然の出来事に導かれてきた。それはコントロールすることができないし、私自身コントロールしたいとも思わない。今回、3つの出来事に導かれてこのコレクションを制作した。
一つ目は、ウィーン観光局がウィーンモダニズム誕生100周年を祝っていること。二つ目は、故郷の実家と家財を処分しなければならず、子供の頃の私の部屋にレプリカのクリムトの絵が何枚も貼ってあったこと。一番の自慢は両脚の間を黄金の雨が流れる『ダナエ』で、長い間お気に入りだった。三つ目は、‘Wiener Werkstätten’(ウィーン工房 1908-1932)の二着の子供服。一つは切りっぱなしのフェルトにアルプスの花々を散りばめたツーピースで、もう一つは小さな美しいダーンドルスカート(オーストリア・チロルの民族衣装に由来するギャザースカート)。私たちはこの子供らしいバランスを残しつつカッティングを変えた。
また私は、第一次世界大戦後の一時期に大変興味を持った。それは世界が平和への期待を持ち始めた時期である。かつて経験した様々な脅威が消え去っていく。歴史が興味深いのは今の時代にヒントを与えてくれるからである。
最終的に、私は自分をオーストリア人デザイナーと捉えているということに気付いた。それは自身のナショナリティーを認識しアイデンティティーを具現化することである。風景、人々、彼らの服装、それらが私のルーツである。自分の出生の大切さを理解するのにしばらくかかった。互いを思いやる町に育った私は幸せだ。ヴィヴィアンとの関係、そして私たちの仕事の都合からロンドンに暮らすこととなったが、それも私にとって大切なことである。
私は人が全てをさらけ出さない時が好きだ。何を隠しているかに興味が湧く。最近は体型を重要視し過ぎるが、私はどんな体型も嫌いではない。私は目や顔や手や足を愛している。
スーツに身を包んだ男女。それは私たちの関係にある種の形式を与える。
特定のシーンに囚われないこと – 場違い、気まずい、オーバードレス、もろい、ロマンティック、恋をしている…どんな状況でもいい。
このコレクションで私はWiener Werkstättenに敬意を表す。
※原文の意図や雰囲気を残すため、あえて直訳に近い表現を残してます。