ヴィヴィアン・ウエストウッド日本公式サイト|Vivienne Westwood

BRAND HISTORY

430 KINGS ROAD(1971 - 1980)

キングスロード 430番地


1971-1980

1960年代後半のロンドンは、いまだヒッピーがトレンドの中心でしたが、ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンにとっては、インスピレーションソースになりえませんでした。彼らは、反抗的な事柄、特に1950年代の洋服や音楽、記憶に残っている事柄に着目しました。ヴィヴィアンは、マルコム・マクラーレンのために、テディボーイスタイルの洋服を作り、そして1971年に、ロンドン・キングスロードの430番地に「Let It Rock(レット・イット・ロック)」と名付けたショップをオープンしました。

1972年、デザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッドの興味は、バイカーのスタイルやジップ、レザーへと移りました。それに伴い、ショップがスカルマークとともに生まれ変わり、名前も「Too Fast to Live, Too Young to Die(トゥーファストトゥリブ・トゥーヤングトゥダイ ‐ 生きるには早すぎ、死ぬには若すぎる)」へと、その名を変えました。ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンは、公然わいせつ法に触れた、実際に行動を起こさせるような挑発的なメッセージが書いてあるTシャツのデザインを始めました。1974年には、「SEX」というショップ名に変更し、“オフィス向けのラバーウエア”というスローガンとともに当時のイギリスでは唯一無二のショップを作り上げました。

1976年、マルコム・マクラーレンによって作られたセックス・ピストルズの楽曲、「God Save the Queen」がチャートでNo. 1になり、同時にBBC放送がその曲の放送を拒否しました。ショップは、「Seditionaries(セディショナリーズ)」と再び名を変え、巷ではフェティシズムの対象として隠微な存在であったストラップやジッパーをファッションへと昇華させました。メディアは、これを「パンクロック」と呼びました。その後、ヴィヴィアンは、セックス・ピストルズの崩壊とパンクムーブメントがトレンドの主流へ吸収されたことにより、このカルチャーに対し、興味を失っていきました。1980年には、再びショップを改築し、「Worlds End (ワールズエンド)」と名を変え、その名を現在に至るまで、キングスロードのショップ名としています。